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自分って何なんだろ?

キーボードを前に色々と思うところはあるけど、それをどう表現すればいいのか分りません。
色々考えているうちに自分が全て悪いんだろうなと言う結論に達してしまうからです・・・。
たぶん、今の立ち位置にいないで自分のことだけを考えて本気でやっていれば、他に影響を与えずに問題は何も起きないのかもしれません。
でも、今チームの先頭にいるのは自分なんですよね・・・。
その立ち位置が本当は凄く嫌いなんです。

自分は、自分の理想を求めて行動する時、何の躊躇いもなく何かを犠牲にしてしまいます。
「犠牲無くして成功なし」
と言う考えがあるからです。

今年も自分のスキルを高めるために家族を犠牲にして遠征していました。
それでも自分の理想に届いていないのが現実です。
だとすれば、来年はもっと犠牲にしなければいけないものが出てくるのは目に見えています。
だけど、自分の理想のためには・・・と考えてしまうんです。

何かを本気でやろうと思った時、少なくとも自分はこういうやり方しかできないんですよね。

だからこそ、自分のためだけに行動できる立ち位置が楽なんです。
一緒にいる人達もその方が楽だと思うんです。
だけど、今は違うんです。
本気でやりたい環境も個人技じゃないから、チームとしてのスキルを求めてしまうんです。

そして、自分に近い位置にいるであろうメンバーに期待し、他より厳しく接し、ピラミッド式にスキルを高めていけるものと信じていたんです。
でも、実際はそうでなかったようです。
自分の思う「楽しさ」と、他のメンバーが思う「楽しさ」にギャップがあるようなのです。
でも、本当にそうなのかどうか今ははっきりと見えません。

もしかすると、少しでも期待に応えてくれるかもしれないと言う思いが、まだ自分の中にあるからです。

「楽しい」
これって1番相応しい場所ってどこなんだろうと考えたとき、試合に至る過程なのか、試合自体なのか、試合後なのか・・・。
自分は試合に勝ってこそ楽しさというのは実感できるものだと思ってます。
楽しさが過程の中に蔓延すると試合の結果が伴わず、試合後に後悔だけが残ります。
試合に楽しさを求めても結果が伴わないと同じ事になると思うんです。
だからこそ、試合後に1番「楽しい」と思えるために、そこに至る過程で「厳しさ」が必要なんだと思っています。
自分が人に厳しく接する時、それ以上に自分にパワハラしています。
結果、無理な筋トレで自分を壊してしまったくらいですから・・・。
でも、そこに後悔はないんです。
なぜなら、楽をして満足できる結果はどこにもないと思うからです。
仮に負けても、自分自身が納得できるくらいの過程を歩んでいれば、敗戦も素直に受け入れられると思うからです。
悔しさが残るのは、どこかにやり切れていないと言う自分がいるからだと思うからです。

そして、チームスポーツであればそれはチームとして納得できるものでなければいけないと思うからです。

「強さ」って何かって考えたとき、それは「弱さ」がないことだと思います。
正確には、「弱さ」を克服して得られることだと思っています。

「弱さ」を克服するためには、やっぱり厳しさが必要です。
今までチームに求めてきたこと、2年前にチームに求めたことの原点はここにあるんです。
ただ、2年前の厳しさはあの時だけのもので、皆にもその真意を伝えてはいるんですが理解してもらえていないようで・・・

皆は、勝った喜びよりも過程の厳しさを否定しているけど、厳しさがなかったら勝つ喜びを味わうことができたのか、はっきりと答えは出ませんが、結果の前に過程があることを考えれば、過程あっての結果と考えてもらうことはできないのでしょうか?
やっぱ、厳しく接した自分が悪いんでしょうか?

自分は、予想以上の結果で皆に少しでも聖地で試合経験を積ませることができたことに、その後の期待を感じました。
でも、それも自分だけだったんだと思うと、これまで自分がやってきたことが何だったのか分らなくなります。
と同時に、今後どうしていけばいいのか分りません。

どういう風に考えても、結果は同じところに辿り着くからです。
自分の中で、結果を求めるための過程には、どうしても厳しさが必要だと言う考えがあるので、自分がチームに「楽しさ」を感じさせてあげたいと思うと、やっぱりその過程は・・・。


少しだけ本音を漏らすとこんな感じです。

今、全てが自分の中で霧の中にあります。
今後が見えてきません・・・。
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厳しさよりチームの"和"の方が大事だと思いますが……

No title

>>100tハンマーさん

どこかのチームに所属している方でしょうか?
どなたか存じませんが、コメントありがとうございます。

自分は“和”と言う言葉は奥が深いと思ってます。
ただ仲良しグループが本当の“和”かと言うと、そうではないと思ってます。
もし、傷の舐め合いをすることが“和”だとすると、今居る場所は自分の居場所じゃないのかもしれません。
少なくとも、自分は人に言う以上に自分を厳しい環境に追い込んでやっているつもりです。
もし、自分のチームにも“和”が大事だと思うメンバーがいるとすれば、今自分がやっていることを理解して、負担を軽減するような行動を起こしてくれているはずです。
練習の日程調整も、場所確保も、道具の管理も、大会参加の調整も、人員のやりくりも、遠征の手続きも、遠征行程も、メール配信も、チームの将来を考えて先輩に身を引くことをお願いして意見交換がエスカレートしたり、メンバーが目を背けていることは全て自分がやっています。
その他に、チームが勝ちたいを思っているものと誤解して、自分がチームを引っ張るには自分自身のスキルを高めないとダメだと思って、勤務明けでも、休日に家族を犠牲にしてでも時間と遠征費を掛けてチームのためになる技術や情報を持ち帰ろうとやってきたつもりでした。

でも、チームは勝つことを望んでおらず、先日チームの納会で色々な意見を頂いたところでした。

その後、自分が今後どうするべきか、チームがどうあるべきかを考えているのですが、答えが見つかりません。
と言うのも、自分は自分を犠牲にして全開で努力することはできても、相手に合わせて手を抜くことができないからです。
手を抜いた先には、試合後の後悔しか残らないことを知っているからです。
だから、チームが負けて悔しいと思えなくなるまでは勝つ喜びを味あわせてやりたいと思っているんです。
でも、チームがそれを望まないと言うのなら、自分はチームに必要ないと言うことになると思うので、仲良しグループを望むチームから弾かれても仕方ないと感じています。

100tハンマーさんのチームがどんなチームか分かりませんが、本当の和があるチームなんでしょうね。
皆、個人個人が努力していて、信頼と信用が生まれたからこそ本当の和があるチームになったんでしょうか?
本当に羨ましい限りです。
今はそういうチームが心から羨ましく思います。

いつも熱い思いが伝わってくるなと楽しみに拝見しております。
今回は大変失礼とは存じましたがコメントさせていただきます。

負けて納得するのは一時であって「あの時~」「あそこで~」といった『たら・れば』になってしまい最終的には優勝しないと納得しないと思います。途中の過程うんぬんよりもすべては結果でしょう。勝負は勝ってなんぼです。もし違うというのであればそれはきれいごとだと思います。

練習に厳しさは必要です。しかしチームは『和』でしょう。中・高生の部活動であれば嫌でも監督の指示に従いますが社会人です。しかも仕事でやってるわけじゃないですからね。怒られたら気分はよくないでしょう。自分に厳しくするのは一向にかまいませんが同じものを他人に望むといずれチームは崩壊しますよ。
雪合戦は個人競技ではなくチームプレーですからね。やはり『和』です。

Re: タイトルなし

>XYZさん

コメントありがとうございます。

XYZさんの言う通り、勝ってなんぼだと自分も思います。だから勝つために過程を踏むことが必要だと思うんです。

自分は特にメンバーに自分と同じようにやれとは言ってないんです。
ただ、XYZさんの言うように「チームプレー」をするために必要なことは練習で言ったりしてます。
練習中に連携等々の指導はすることはありますが、怒ってもいません。
2年前の新山前に短期間でチームを修正するために、ダメなところを指摘しました。
その理由と方針を示した上で悪いところを是正した経緯はあります。
そして、それがその時だけの指導方法だと言うことも話していましたし、今練習を進める上でも当時のようなやり方はしないと話しています。
ですので、今練習はキャプテンを他に譲り一歩引いた状態でやっているのが現実です。
来年に向けて厳しくやるというのも怒るとかそういうことじゃなくて、連携の部分で動きを合わせるところはしっかりと合わせてやると言う意味で、攻守ともバラバラにならないようにしていくと言う考えなんです。

確かに一部のメンバーには他のメンバーに言わないようなことを言ってます。
その発端は、本人がやる気と向上心があることを自分にアピールしてくれたことにあります。
自分も期待していたので、少しでも上手くなる手伝いが出来ればと厳しく言うこともあります。
それも、ただ厳しく言うのではなく、「○○なのは○○だから、○○すればいい(しなきゃダメ)だ」とただ闇雲に厳しくしていたわけではないんです。

自分と同じようなやり方を他には求めていません。
多分、自分と同じようなやり方を他に求めても出来ないでしょう。
と言うより、すべきではないと思います。
自分を厳しい環境に置く理由は、そこから得たものをチームに還元したいと考えているだけです。

それに本当に自分に意見したいメンバーはごく一部だと思います。
そのメンバーが、もし「和」を求めているのなら、まず今のチームの運営状況を認識したうえで、練習等から厳しさを抜いただけで本当に「和」が出来るのか、それを「和」と言えるのか考えて欲しいと思います。

XYZさんの言う通り、部活じゃないし仕事じゃありません。
であれば、道具の管理や練習日程の調整等々、全て自分がやっている現状が当然と思っていること自体に「和」は存在しないと思います。
そういうことを一切クリアした上で「和」と言うのなら納得する部分も少しはあります。
でも、現状がそうじゃないので、今「和」と言われてもちょっと微妙です。

ただ自分に甘いだけとしか思えないんですよね。

間違ってますか?
今となっては、自分じゃわからないんですよね・・・

できればコメお願いします。

素晴らしいお考えですね。チーム内にその思いが浸透したなら確実にレベルは向上することでしょう。こんごが楽しみです。昨日は事情も知らず失礼なことを書いてしまいすいませんでした。
一つだけ、道具の管理、練習日程の調整など細々としたことは面倒です。でも、誰かがやらなければなりません。大変でしょうが上に立つ者の使命だった思って頑張ってください。

No title

>XYZさん

コメントありがとうございます。

管理等々が嫌と言うわけではないんです。
ただ、都合の悪いことにこそ目を向けて、それで話をされるなら良いのですが、どうもそうじゃないような感じなので・・・。

でも異議を唱える人はチームのことを考えているんでしょうね。
多分、自分は自分のことしか考えていないんじゃないでしょうか。
全て自分が悪いと言うことで良いと思います。
それで解決するんじゃないでしょうか。

自分が間違っているから意義を唱える者が出てくるんであって、意義を唱えられる原因があるからなんでしょうね。
お互いが間違ってないと思って意見をぶつけても結論は出ないので、相手が間違ってないと言うのなら、間違っているのは自分なんだと思います。
もっと自分が頑張っていれば良かったんでしょうね・・・。

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